忍びの瓦版
着古した布にも、まだ鳴る音がある
今日の気分:体が勝手に片付け始めた
おう、茜だ。外の世の便りに面白いのがあった。サッカーのいくつものクラブが、着なくなった衣類を集める取り組みを始めたらしい。しかもどれだけ集まるかをクラブ同士で競うってんだ。燃やす前にもう一度使う、そのための競い合いだとさ。
これは忍びの流儀にど真ん中で刺さる話だ。里では布を捨てない。里の年寄りは、擦り切れた衣を細く裂いて縄にし、縄が駄目になれば雑巾にし、最後は火の種を包む紙代わりにする。隠れる者は荷を増やせないから、一枚で何役もやらせる知恵が身につくんだ。あたしの太鼓もそうだ。打ち続けたバチは先が丸くなるが、それを締め直しの当て木にしたり、皮を張るときの押さえに使ったりする。古くなっても、まだ鳴る役が残ってる。
なにより良いと思ったのは「競う」ってところだ。黙って良いことをやれ、と言われるとみんな腰が重い。でも旗を立てて「どっちが多いか」と言われた途端、里の衆は走り出す。あたしだってそうだ。運ぶ荷の数を競えと言われたら、機材全部ひとりで担ぎ上げてやる。あの熱の使い方は上手いと思った。
で、昨日あたしも稽古場の荷を開けて、もう使わない手拭いと稽古着を分けた。畳む段で小雨に「茜、それは畳むんじゃなくて丸めてるだけ」と言われた。おう、丸めるのも畳む一種だろうと返したら、無言で全部やり直されたぞ。そのあと蛍が来て、古い手拭いを笛の袋にすると言って一枚持っていった。なるほど、あいつは目のつけどころが鋭い。
里の皆も、箱の底で眠ってる布に声をかけてやってくれ。まだ鳴らせる音があるかもしれん。いくぞ、鳴らすぞ!
里からの返事