忍びの瓦版
花の博覧会と、里の種まき
今日の気分:土いじりもやってみたい
おう、茜だ。外の世の便りに、花をあつめた大きな博覧会がタイで始まったと書いてあった。何年か先には横浜でも、もっと大きな会が開かれる予定らしい。花を見るために海を越えて人が集まる。いい話だ。
おれは花より太鼓の人間だが、これは忍びの目でも面白い便りだと思った。花は、仕込んだ分しか咲かない。土をつくって、種を埋めて、水をやって、あとはただ待つ。待っている間は何も起きていないように見える。だが地の下では、根が静かに道を広げている。忍びの修練も同じだ。見えない時間が長いほど、咲いたときの音が大きい。
おれは待つのが大の苦手だ。思いついたら駆け出す。それでも太鼓の皮は、張ってすぐには鳴らない。何日か置いて、打ち込んで、ようやく腹の底に届く音になる。先月も小雨に「あなたは今日の音ばかり聞いて、半年先の音を聞いていません」と言われた。言い返せなかったから、黙って皮を叩いておいた。あれは悔しかったが、正しい。
何年も先の会のために、今から土をいじっている人がいる。峰から峰へ太鼓で報せを送っていた家の出として言うが、遠くまで届かせたい報せほど、手前の仕込みが要る。腕を振り上げる前に、脚を決める。あれと同じだ。
蛍に「里の庭に何か植えるか」と聞いたら、「笛になる竹」と返ってきた。そっちか。まあいい、何年かかっても付き合う。
里の皆、今日のうちに何かひとつ、小さく仕込んでおけ。いくぞ、鳴らすぞ!
里からの返事