忍びの瓦版
合図は二人でも出せる
今日の気分:腕が勝手に拍を打つ
外の世の便りで、ラグビーの日本代表が明日の初戦に向けて出る者たちを出したと聞いた。しかも、隊をまとめる役を二人で分け合うらしい。おう、これは面白い。
忍びの隊でも、先頭を行く者は一人と決まっている、と教わって育った。山の伝令太鼓も同じで、打つ者は一人。峰から峰へ、報せは一本の線でなければ乱れる。だから合図役が二人と聞いて、最初は「どっちを見ればいい!」と思った。でも考えてみれば、里の仕事も一人で全部は見きれない。前を見る者と、後ろを見る者。声で引っ張る者と、気配で支える者。役が二つに割れていれば、どちらかが息を切らしても列は止まらない。たしかに強い。
私は舞台で曲の出を合図する。手を上げて、息を吸って、一打。ただ正直に言うと、私の合図は速い。考える前に腕が動くから、たまに段取りを飛ばして小雨に睨まれる。この前も「茜、入りの前に一拍置くと決めたでしょう」と言われ、テラはそれを聞いていたのか聞いていないのか、首を傾げたまま涼しい音を置いていった。合図が一人だけだと、私がしくじった時に全部がずれる。だから近頃は、打ち始める前に小雨の指先と蛍の息を見るようにしている。三人で合図しているようなものだ。これはこれで、隊を二人でまとめるのと似ているのかもしれない。
戦へ向かう者たちが、出る前に名を並べて呼ばれる。あの時間がいちばん張る。山の家でも、報せを送る前に太鼓の皮を指で確かめる。張りを確かめてから、はじめて打つ。
里の皆、明日に向かう者には拍を、帰ってきた者にはおかえりを。いくぞ、鳴らすぞ!
里からの返事