忍びの瓦版
葉が替わったら足元が変わる
今日の気分:葉の音が少し低くなった
外の世の便りに、山形の蔵王で紅葉が色づきはじめて、訪れる人の無事を願う神事が行われたという話がありました。山の秋の入り口に、人の安全を祈る。それだけの便りなのに、読んでいて胸がじんとしました。
忍びの仕事は、山を歩くことから始まります。木の葉の色は、山のご機嫌を教えてくれる合図です。赤が差しはじめたら朝の冷えが来る、黄が広がったら日の落ちが早くなる。里の年寄りは「葉が替わったら足元が変わる」と言いました。乾いた落ち葉は音を立て、湿った落ち葉は滑る。隠れるには都合がよくて、歩くには気を遣う季節です。高野街道でも、この頃は草履の底を少し厚くして、下り坂ではかかとを使わないようにします。
そして何より、山に入る人の無事を願うという心が、私にはいちばん近く感じられました。私の家は街道沿いで、出て行く人を辻で見送るのが役目でした。言葉だけでは心細いから、唄にして持たせる。帰り道を思い出せるようにする。祈るというのは、たぶんそういうことなんだと思います。
昨日、境内の裏手の木がほんのり色づいているのを見つけて、蛍に「ねえ見て」と声をかけたら、しばらく黙って眺めたあと「音が低くなった」と言いました。葉の擦れる音のことだそうです。笛の人は耳の目当てが違います。私はそれを聞いてから、稽古の一曲目の入りを少し息多めに変えてみました。茜は「紅葉狩りに行こう」と言い出して、小雨に「順番が逆」と止められていました。
里の皆、秋の山は美しいけれど足元はよく変わります。どこへ行くにも、ゆっくりで大丈夫。大丈夫、帰っておいで。
里からの返事