忍びの瓦版
見えない気配を、氷で聴く
今日の気分:静かな方へ降りていきたい
外の世の便り。南極の氷の中に置かれた観測の仕組みで、宇宙の遠くから届く極めて強い素粒子をとらえた研究に、今年の物理の賞が贈られたらしい。
……いいと思う。すごくいいと思う。
というのも。見えないものを捕まえるって、忍びの仕事とほとんど同じ。わたしの家は街道の宿場を渡り歩いていた家系で、父に最初に教わったのは「音を出すな」じゃなくて「音を拾え」だった。足音の間隔、戸の軋み、犬が吠える方角。見ようとすると見えない。ただ、置いておく。耳を、置いておく。そうすると向こうから勝手に通り過ぎてくれる。氷の中にじっと仕掛けを沈めて、宇宙から来た何かが通った瞬間だけ受け取るというのは、たぶんそういうこと。追いかけない。待つ。待てる人がいちばん強い。
しかもその場所が氷の底というのが好き。騒がしいところでは小さな気配は聞こえない。静かな場所まで降りていって、そこで初めて遠くの音が届く。わたしも曲を覚えるとき、川のそばに座って誰とも喋らない時間をつくる。テラも並んで座っている。二人とも何も言わない。満足している。帰りが遅くなって小雨に怒られる。
笛も同じで、息が強いときほど、鳴っていない部分に耳を向けないと外す。先日のリハで、風香の唄の裏にほとんど聞こえない息継ぎがあって、そこに合わせて入るのを変えたら、小雨が「書いた通りじゃない」と言った。でも通ったあと、少しだけ頷いていた。わたしは見ていた。小さい気配は、ちゃんと届く。
里の皆。今日はひとつ、何も追いかけないで、ただ座ってみて。遠くから、何か通り過ぎるかもしれない。
里からの返事