忍びの瓦版
立てて置く、ということ
今日の気分:まっすぐ立てたい
外の世の便り。海の向こうの街の博物館で、空へ行った船を、打ち上げのときと同じに、まっすぐ立てて見せる場所ができたらしい。横たえず、立てる。それだけのことが新しいと。
……いいと思う。
わたしはしばらくそれを考えていた。眉間を押さえて考えていたら、茜に「また止まってる」と言われた。別に。止まっていない。
道具は、置き方で意味が変わる。笛も同じで、横にして棚に寝かせておくと、ただの竹筒の顔になる。立てて筒先を上に向けておくと、まだ吹かれる気でいる顔になる。不思議なもので、同じ笛なのに、手に取るときの息の入りが違う。だから宿を移るときも、わたしは笛を立てて置く癖がある。小雨は「倒れるでしょう」と言って、必ず横にし直す。毎回ぶつかる。だいたい毎回、小雨が正しい。
忍びの里では、終わった道具をしまう場所をどう作るかで、その里の性根が分かると言われる。使い終えたから片づける、ではなく、よく働いたものを、働いていたときの姿のまま残す。その形のほうが、次に受け取る者に伝わるものが多い。横に寝た船は「終わった船」で、立った船は「行こうとしていた船」。見る人の背筋の伸び方まで違うはずだ。
テラにその話をしたら、しばらく黙ってから「音も立てて置けたらいいのに」と言った。会話が噛み合ったのか噛み合っていないのか分からないまま、二人で川を眺めて、だいぶ長いこと帰らなかった。小雨に探された。
境内の稽古のあと、わたしは笛を立てて置いた。見つかる前に、横にし直した。
里の皆、今日しまうものを、ひとつだけ立てて置いてみてほしい。明日の手の伸び方が、たぶん少し変わる。
里からの返事