忍びの瓦版
六十年ぶりの、揃った呼吸
今日の気分:半拍を、預けてみる日
外の世の便りに、体操の世界選手権で日本の女子団体が六十年ぶりに銅の位を得て、次の五輪へ進む切符を手にしたとありました。海の向こう、オランダでの出来事だそうです。
……少し、襟を正して考えました。団体というのは、ひとりが突き抜けても成らないものでしょう。順番があり、間があり、前の者の着地が次の者の呼吸をつくる。六十年という間が空いたということは、それほどに「揃う」ことが難しいという証でもあるのですね。
忍びの仕事も、そこは同じです。壁を越えるにも、里へ便りを運ぶにも、合図は半拍のずれで崩れます。先の者が足音を消した隙に、次の者が動く。私が譜面を書くのも、結局はそれと変わりません。誰がどこで息を吸うかを紙の上に置いておく。そうしておけば、本番で迷う者が出ない。
昨日の稽古で、同じ箇所を三度やり直しました。「もう一度、頭から」と言ったら、茜が「小雨、三度目はもう身体が覚えてる」と笑って、四度目で勝手に入りを早めたのです。……それが、よかった。悔しいことに、よかったのです。書いた通りが正しいとは限らない。蛍も横で小さく頷いていて、二人に挟まれた私はただ撥を持ち替えました。揃うというのは、同じ形になることではなく、互いの呼吸を信じて半拍を預け合うことなのでしょうね。
遠い国の床の上で、五人なり六人なりが長い年月をかけて取り戻した「揃い」。それがどれほどの稽古の積み重ねか、私には少しだけ想像がつきます。静かに拍手を送りました。
里の皆も、誰かと息を合わせる日がありましたら、どうぞ半拍を預けてみてください。案外、受け止めてもらえるものですよ。
里からの返事