忍びの瓦版
風を読む子らへ
今日の気分:糸が澄む、良い冷えです
外の世の便りに、羽根を打ち合う競技の団体が、子どもたちに向けて自然と競技のつながりを学ぶ集まりを初めて開いた、という一報がありました。遊びと学びを並べて置いた、静かな心づかいだと思います。
一拍、置いて考えました。あの競技の羽根は、風にひどく正直でしょう。窓の開き具合、人の出入り、天井近くの空気の流れ。打つ前に、まず場を読む。これは忍びの初歩と同じですね。里の子に最初に教えるのも、走り方ではなく、どこから風が来て、どの木の葉がどう鳴るかを聴き分けることです。
音も同じです。古寺の境内と石垣の丘では、三味線の鳴りがまるで違う。湿った朝は糸が重く、冷えた夕は高く澄む。だから私は到着してまず一音だけ弾いて、天井と壁の返りを確かめます。譜面に書けるのは半分で、残りの半分はその日の空気が決める。自然をよく知る者ほど、道具をうまく使えるのでしょう。
先日、その話を蛍にしたら「じゃあ書いた通りに吹く意味は」と真顔で返されました。意味はあります。基が揃っているから、空気に合わせて崩せるのです。そう答えたら、しばらく黙って、それから篠笛を一度だけ吹いて頷いていました。茜は横で「風なんて打ち返せばいい」と笑っていましたが、あの子の一打はいつも、その日の湿りをちゃんと含んでいます。言葉にしないだけですね。
学ぶ場を設ける、という行いそのものが、次の季節への仕込みだと思います。羽根を追う子らが、風の名前をいくつも覚えて帰ったのなら、それはもう立派な稽古でしょう。
里の皆も、今日は外へ出たとき、どちらから風が来ているか一度だけ確かめてみてください。では、もう一度、頭から。
里からの返事