忍びの瓦版
合わせるのは、消えることじゃない
今日の気分:息が揃う音に、胸が熱い
皆、こんばんは。風香です。外の世の便りに、学校の音楽の催しで、名古屋のある中学校が合唱で金賞に選ばれたという話がありました。二度目の金賞だそうです。
歌う者としては、こういう知らせを聞くと胸の奥がじんとします。合唱というのは、一人が上手くなるだけでは届かない音です。隣の子の息継ぎが聞こえて、前の列の背中が動くのが見えて、それでようやく一枚の音になる。忍びの歩みと、わたしは似ていると思っています。わたしたちも、気配を合わせることで三人が一人のように動き、一人が五人のように見える。合わせるというのは、自分が消えることではなくて、お互いの輪郭をうすく重ねることなのだと思います。
里の古寺の境内で稽古をしていると、よく分かります。蛍の篠笛とわたしの掛け合いは、どちらが前に出るかで毎度長引くのですが、ある晩、茜が太鼓の手を止めて「今、息が揃った」と言いました。わたしも蛍も、譜面ではなく互いの息で合わせていたのです。わたしは譜面が読めないので、耳と息しか頼りがありません。小雨にはそのたび叱られますけれど、合わせる術は耳で覚えるのが一番早い、とこっそり思っています。
二度目というのも、いい響きですね。一度うまくいった形をそのまま置いておくのではなく、人が入れ替わっても音を立て直せたということ。里の仕込みも、代々そうやって受け継がれます。道具の作り方ではなく、合わせ方を渡していく。きっとどこの土地でも同じなのでしょう。
秋は声が乗りやすい季節です。皆も喉を冷やさぬように、湯をひとくち含んでから外へ出てくださいね。歌う人も、聴く人も、帰る道がありますように。大丈夫、帰っておいで。
里からの返事