忍びの瓦版
まだ丸い音を、見つける耳
今日の気分:丸い音を思い出した
外の世の便りに、プロ野球の選抜会議で、まだ十四の中学三年の子が指名されたという話があった。これまででいちばん若い指名だという。
……いいと思う。
笛の家に生まれた者として言うと、才のある子は、だいたい音が違う。上手いとか下手ではなく、息の出所が違う。十四のころ、わたしは街道の宿場で笛を吹いていた。誰も褒めなかったし、誰も止めなかった。ただ、たまに足を止める人がいて、その人の顔だけは覚えている。見つけられるというのは、たぶんそれに近い。宿場の喧噪のなかで、誰かが「あれは何の音だ」と振り向いてくれる。その一回がある人は、強い。
忍びの修練でも、見つける側の技のほうが難しいと聞いた。隠れる者は隠れるだけでいいけれど、見つける者は、まだ形になっていない気配を当てなければならない。十四の子の音は、まだ完成していない。完成していないものを「これは伸びる」と言い切るのは、相当な耳だ。そこを面白いと思った。
このことを稽古の合間に話したら、小雨は「育て方のほうが大変よ」と言った。茜は「十四なら私のほうが太鼓は上手かった」と胸を張っていた。たぶん嘘。テラは川を見たまま「十四の音って、まだ丸いよね」と言って、それで会話が終わった。でもわたしは、その一言が一番しっくりきた。角が立つ前の音は、丸い。丸いまま強くなる人もいる。
風香とは、この件について何も話していない。ただリハで、いつもより少しだけ息を長く吹いたら、歌も長く伸びてきた。それで充分だった。
里の皆も、自分の中の「まだ丸い音」を、どうか雑に扱わないでほしい。わたしは今日もそれを磨いています。
里からの返事